小笠原 晋也(おがさわら・しんや)
精神分析家(Jacques-Alain Miller, Colette Soler, Gérard Haddad と教育分析)
カトリック信者,聖イグナチオ教会(東京大司教区カトリック麹町教会)所属
e-mail : ogswrs@gmail.com
tel. 090-1650-2207
1956年08月07日生
1981年,名古屋大学医学部卒業
1985-1986年,Tavistock Clinic 留学
1986-1988年,le Département de Psychanalyse à l'Université de Paris VIII
留学
1988年,le diplôme d'études approfondies en psychanalyse 取得
著書:
『ジャック・ラカンの書』,金剛出版,1989年.
『ハィデガー と ラカン — 精神分析の純粋基礎としての 否定存在論 と そのトポロジー』,青土社,2020年.
翻訳:
ピエール・レー著,『ラカンのところで過ごした季節』,紀伊國屋書店,1994年.
論文等は,Academia.edu および Blog に発表.
Lacan の墓にて
Jacques Lacan (1901 - 1981) の墓は,Paris の西北西約 50 km(車で 1 時間弱) のところにある閑静な村
Guitrancourt — その村に所有していた別荘に Lacan は頻繁に滞在していた — の墓地にある.
自身の分析の継続のために 2017年3月に一ヶ月間 Paris に滞在していた際,わたしは,ふと思い立って,3月25日,Lacan の墓を訪れた(上の写真は,その際に撮影したもの).
墓地の入口から敷地の奥へ,なだらかな斜面を登って行く.その一番高いところより少し手前の中央部分に,ふたつの墓が並んでいる.入口の方へ向かって左側が
Lacan の墓である.その右側の墓は,Lacan の妻 Sylvia (1908-1993) のものかと思いきや,そうではなく,彼女の母親
Nathalie Maklès (1877-1960) の墓である.ちなみに,Sylvia の墓は,Paris 市内の Montparnasse
墓地にある.
急に Lacan の墓を訪れる気になったのは,わたし自身の分析の経過と無関係ではない.ほかならぬ Lacan の夢を見たのだ — しかも,Lacan
と分析している夢である.わたしは,日本にいて,自身が分析の経験にないときは,ほとんど夢を見ないが,Paris で分析の経験にあるときは,意義深い夢を見る.
夢のなかで,わたしは Lacan に分析を受けている.当時のわたしの分析家 Gérard Haddad との分析の際に寝椅子に横たわるのと同様に,夢のなかで,わたしは寝椅子かベッドに仰向けに横たわっている.
ちなみに,Lacan が用いていた寝椅子は,この Lacan の面接室の写真に見えるように,まったく背もたれが無く,ベッドのようである.
夢のなかで,わたしの頭の背後には,Lacan が座っている — 実際の分析の際に Gérard Haddad がそうしているように.そして,夢のなかで,わたしは眠り込む.すると,Lacan
は怒って,わたしを揺り動かして,目覚めさせる.分析の最中にわたしが眠り込んだので Lacan は怒ったのだが,わたしの頭のなかには「おいおい,これは夢で,今は睡眠中なのだから,眠り込んだって当然だろう」というような考えが浮かぶ.しかし,同時に,わたしは若干の不安も感ずる.そんな夢である.
この夢でかかわっているのは,明らかに filiation の問題である.親子関係にかかわる問いである.「彼の父は誰なのか?彼は誰の息子なのか?」という問いは,分析家に関して言えば,「この分析家は誰に教育分析を受けたのか?」という問いとなる.
わたしが Gérard Haddad を分析家に選んだのも,彼の著作『ラカンがわたしを養子にした日』(Le jour où Lacan m'a
adopté) のゆえであった.その本の最後に語られる夢 — Haddad が Lacan の死後に見た或る夢 — のなかで,Lacan は
Haddad にこう言う :「きみは,わたしの養子だ」.
日本語で「養子」と言うと「実子」との違いばかりが目につくが,フランス語では「養子」は « fils adoptif » である.たとえ「養子」であれ,とにかく
fils[息子]である.
それに対して,Jacques-Alain Miller は Lacan の gendre[娘婿,義理の息子]である.
Haddad が夢のなかで Lacan が「きみはわたしの息子だ」と言うのを聞いたのは,Jacques-Alain Miller との対立と葛藤の状況のさなかにおいてであった.
fils adoptif[養子]対 gendre[義理の息子]— どちらが正当な相続人ないし後継者なのか?
確かに Jacques-Alain Miller は Lacan により遺産相続人と Séminaire 共著者に指定されたが,しかし,彼は,Lacan
の娘 Judith の夫として,つまり Lacan の家族の一員として,Lacan に分析を受けることはできなかった.
誰が Lacan の教えの正当な相続人か?これは,わたしにとっても重要な問いであった.
夢のなかで,わたしは,Lacan に分析を受けて,彼の弟子(息子)のひとりとなることはできたが,しかし,分析の最中に眠り込んで,Lacan の怒りを買い,不安を感ずる.明らかに,夢のなかで,Lacan
は,わたしにとって超自我を表していた.Lacan の怒りは,超自我の怒りであった.
精神分析においては,そのような超自我の怒りから自身を解放することになる.わたしが Lacan の墓を訪れる気になったのはそれがゆえであった,ということは,その後の分析の経過のなかで明らかになる.
無神論の本当の公式は「神は死んだ」ではなく「神には意識が無い」である,と Lacan は言っている.神には意識が無い,つまり,神は何も知らない.Lacan
の墓のかたわらで,わたしはその公式を思い出した.Lacan は今や,何も知らない.Lacan の教えの相続人や後継者が誰であろうと,彼の教えを誰がどうしようと,今や,Lacan
は何も知らない.そんなことは,死せる Lacan にとって,どうでもよいことだ.Lacan の墓のかたわらで,わたしはそう感じた.Lacan
の墓参りの収穫である.
ところで,Lacan の墓のことを話題にしたので,Freud の墓のことにも言及しようと思い,適当な写真を Internet で探そうとしたところ,2014年 1 月の或る新聞記事が目にとまった.今まで全然気づいていなかったニュースである.
Freud の遺体は火葬に付され,その遺灰は,彼の妻の遺灰とともに,彼の収集品のひとつだった大きな古代ギリシャの壺に入れられ,London 北郊外の
Goldersgreen の火葬場の敷地内に幾つかある納骨堂の建物のひとつのなかに収められている.わたしは,1985-1986年の Tavistock
Clinic 留学を切り上げて,Paris に転居する直前,Freud の墓と Freud Museum を見学した.当時,彼の屋敷はまだ Museum
として一般に公開されていなかったが,特別に見学を許可してもらえた.
Freud の遺灰を収めた壺は,上の写真のように,高さ 1.5 m くらいの柱の上に置かれており,その近くの壁に作りつけられた棚には,Anna
Freud を含む Freud の子どもたちの遺灰を収めた金属製の箱が幾つか置かれている.
2014年 1 月15日付の新聞記事によると,2013年大晦日の晩に盗賊が納骨堂に忍び込み,Freud の骨壺を盗み出そうとしたが,誤って落下させてしまい,壺は大破してしまった.古代ギリシャの壺を骨董品として売り飛ばそうとしたのであろう.床に撒き散らされた遺灰は,2014年元旦,火葬場の職員により回収された.その後,骨壺は修復され,Freud
と彼の妻の遺灰は 再び そこに収められている.ただし,今は,骨壺とその台柱の全体は,特殊ガラスのケースで覆われている(写真).そして,墓参ないし見学の希望者は 予約する必要があり,納骨堂への立ち入りは職員同伴でのみ可能となっているそうである.
さて,骨壺を壊されて,Freud は怒っているだろうか?そう想像する人もいるかもしれない.しかし,実際には,死せる Freud は何も知らない
— 死せる Lacan が何も知らないのと同様に.
ところが,死者の知に戦々恐々としている者は少なくない — 特に,家父長主義者たちは.
家父長主義者たちにとって超自我を成すのは,祖霊,つまり「御先祖様」たちである.死せる先祖たちは,今生きている子孫たちのことを監視しており,子孫たちが何を為しているか,何を怠っているかについてすべて知っており,意向に背く子孫たちを処罰する
— そのように思い込んでいる家父長主義者たちは,祖霊という超自我にがんじがらめにされている.
家父長主義者たちは,祖霊という厳しい超自我に服従する限りにおいてのみ,家督ないし遺産の正当な相続人として,存在することが許される.祖霊を崇拝し,祖霊の意志に服従することは,家父長主義者たちにとって,自身の存在の可能性の条件である.日本,中国,韓国のいずれでも,事は同様である.
キリスト教でも,神はすべてを知っており,罪を犯した者らに罰をくだすではないか?と反論する人がいるかもしれない.しかし,それは,神の愛を識らない者たちが抱く否定的な思い込みにすぎない.
神は,すべてを知り得るかもしれないが,しかし,神は忘却してもくれる.「死んでも忘れない」というような怨みごとを,神は言わない.
旧約聖書でも新約聖書でも,神は人間の罪を赦してくれることが強調されている.そして,いったん赦した罪のことを,神は忘却してしまう.いったん赦された罪のことは,神の記憶から消し去られてしまう.閻魔帳の記録のようにいつまでも消えないということはない.
それは,神の愛のおかげである.人間が自身の罪を悔い,赦しを求めるなら,神は,慈しみ深く,罪を赦し,その罪のことを記憶にとどめてはおかない.
それに対して,神を識らない日本人,中国人,韓国人たち(中国や韓国におけるキリスト教人口の一般人口に対する比率は,日本におけるよりはるかに高いが)は,先祖が犯した罪,先祖が被った不正義を,決して忘れず,恐怖と怨念に囚われ続ける.日本人と中国人と韓国人の一種の道徳的サドマゾヒズムが,今も国際問題の解決を困難にしているだけでなく,日中韓の三つの国におけるキリスト教と精神分析に対する共通の抵抗となってもいるだろう.
神は忘れてくれるが,祖霊は決して忘れない.無慈悲なものである.
小笠原 晋也